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松浦コータローさんインタビュー



仏教美術と小学生

花田: 松浦さんは学生時代から焼き物に興味があったのですか。 (以下 花田-)

松浦: 大学では文化財学科という多くの人が学芸員を目指すところで、勉強をしていました。
考古学、発掘の作業場でもバイトしていましたし、仏教美術も好きでした。

-: そうだったのですね。

松浦: 小学校のときから、古いものや歴史が好きでした。
1人で奈良に大仏や他のものを見にも行っていました。

-: 渋好みな小学生ですね。
どのあたりが好きでしたか。

松浦: 東大寺の四天王や新薬師寺の十二神将。
外敵をうちやぶるような兵士の格好をしているのが好きでした。
ガンダムやビックリマンでも天使、悪魔ってありますよね。
別に信心深いわけでもなく、如来も菩薩も同じようなカテゴリーで見ていたのだと思います。

-: 熱中できるものがあるのは、幸せですね。

松浦: 好きな授業しか聞いていませんでした。 歴史100点で、数学0点みたいな(笑)。
そういう意味では会社勤めには向いていませんね。

-: 大学卒業後、会社に就職はされたのですよね。

松浦: 紳士服・・・スーツ屋さんに。

-: 今考えると意外な選択です。

松浦: 半年で辞めました(笑)。
嫌なことをやってみて、自分がしたいことを真剣に考えるようになった、ということでしょうか。

-: (笑)。 何が嫌だったのですか?

松浦: ずっと同じところにいるというのが、つらくて・・・。
自分から出て行く営業ではなくて、売り場でずっとお客さんを待っているだけ。
ファッションが好きなら、なんとかなったとは思いますが。
でも、そのおかげで自分は好きなことしか出来ないんだなって気付きました。


ひたすら祥瑞

-: 退職後はどうされたのですか。

松浦: 元々、ものを作る仕事をしたいなと思っていたので、京都の職業訓練校に行くことにしました。 焼き物の中でも、絵付を勉強しておくと、窯元ではすぐ仕事をさせてらえるんですよ。
即戦力扱いなので、仕事も見つけやすい、って言われていたので。

-: そんな感じで、絵付に出会ったのですね。
今時の大学生が就職活動をしているようです。

松浦: 最初は作家になる気もなかったので、1年訓練校で勉強して、名刺を作って就職活動を始めました。

-: で・・・京都の窯元に。

松浦: 訓練校で勉強をしていたので、入ってすぐ、描き始めました。

-: 最初は湯のみか何かですか?

松浦: 湯のみのまわりを七宝文でつなぐ、みたいな仕事が最初でした。
染付の職人仕事はいかにゴスの濃さを一定にできるか、が求められます。

-: 祥瑞をずっと描いていたって、依然お話しされていました。

松浦: 半年経ってくらいからは、ほとんど祥瑞でした。
小紋だけのものとか、縁と高台のところにシュッと輪線をひいただけのものもありましたが、実はそういうもののほうが難しいんです。
祥瑞なんかは手数かければなんとかなりますが、シュシュッと仕上げるのは難しい。
同じ太さ、同じ濃さでシュシュッっていうのは、若手には難しい。

-: 熟練が必要とされるわけですね。


同じこと繰り返していたら、眠くなる

-: 祥瑞は元々好きだったのですか。

松浦: 好きでした。 当時は濃厚で重厚なものが好きだったので。

-: 沢山やっている内に見えてきたもの、何かありましたか?思いとか・・・

松浦: 祥瑞への思いですか・・・(苦笑)。 別にありませんでした。
仕事の仕方も数をこなして流していくものだし、先輩からは「100点取らなくていいから、常に70点を目指せ」と言われていました。
まあ、窯元の仕事ってそういうものかなと。
そういう仕事も段々と理解していきましたし、変なところにこだわることもありませんでした。
何年か経つと手が勝手に描いている、みたいな感じにもなりました。

-: 無意識に祥瑞。 凄いですね。

松浦: 「無意識」っていうと大げさですけどね(笑)。
ただ、眠くなると筆はしょっちゅう落としていましたが(笑)、素地を落とすことはありませんでしたね。

-: (笑) 無意識のうちに大事なものは守っているのですね。
祥瑞は眠くなりますか?

松浦: なんでも同じこと繰り返していたら、眠くなるんじゃないですかね(笑)。
祥瑞だけじゃないと思います。

-: 確かに(笑)。



作家として

-: 窯元での毎日。 色々技術を身につけて地力をつけていた時期なのですね。

松浦: 窯元4-5年目から業界の勉強会に行くなどして、仲間もでき始めました。
水墨画も習いに行って、独立している作家さんが展覧会をやっているのをみて「羨ましいな」とも思うようになりました。
そして、友達と共同で貸し工房を借りて、自分でも作り始めました。
その頃は職場から貸し工房に直行。 ほとんど家に帰らず、作っていたような気がします。

-: 楽しかったのですね。

松浦: ええ、その頃が一番頑張っていたかもしれない(笑)。 徹夜ばかりだったし。


年季によってでしか、できないこと

-: 京都の窯元で学んだことも色々とあったのではないでしょうか?

松浦: ある先輩は、高価なコシのある筆じゃなくて、そこら辺で買ってきたフニャフニャの、結構太い筆でサラサラサラッって絵を描いていくんです。 書道のような筆の持ち方で。
学校で習った描き方とも違っていたし「絶対的なやり方」ってあるわけじゃないんだなって思いました。
或いは、そこには、おじいちゃんの職人が二人いたのですが「目が見えん」っていいながら祥瑞描いていましたからね。 「筆が枯れる」って、こういうことなのかな、なんて実感しました。
年季によってでしかできないようなこと。 クセが積もり積もって絵として出てきている。
そういうベテラン職人さんの姿を見ることが出来たのは大きな財産です。
職人をやっていくにしても、作家として個人名でやっていくにしても、それは単なる売り方の違い。
職人でも、作家でも、繰り返し一つ一つの作業をやっていくことには変わりない。
あの経験があったから、細かい仕事に耐えられている気がします。
「身体が覚えた忍耐力」みたいなものでしょうか。



また来月は変わっている

-: 松浦さんは色々な焼き物を見たり、ご自身で使われたりしています。

松浦: 好きなものはどんどん変わります。
最初は祥瑞みたいな細かいものが好きでした。
板谷波山や、富本憲吉の連続文様なんかも・・・。
三島なんかも、作っている途中経過は性に合わないような気がしますが、焼き物としては好きです。

-: 焼き物全般好きなのですね。

松浦: 今好きな古九谷も以前は濃密過ぎてあまり好きではなかったし・・・。
まあとにかく、色々変わります。 また来月は変わっていそうです(笑)。



いつも新鮮な気持ちで

-: 松浦さんがモノを作る上で大事にしていることはどのようなことですか。

松浦: それも変わっていきます。
少し前までは丁寧に心を込めてつくることを大事にしていたのですが、今は自分が楽しんで作るということのほうが、使う人の気持ちにも届くような気がしてきています。

-: 心を込める、ということの意味が変わってきた、ということでしょうか。

松浦: 以前は、自分だけで勝手にこだわっている部分が多かったです。
見えない部分に絵を描いたり、今余白にしている部分にも昔は何か文様を飛ばしていたり・・・。
今は要るものと要らないものの客観的な見極めができるようになってきたと思います。

-: ゆとりが出てきたのかもしれませんね。

松浦: そして、いつも新鮮な気持ちで仕事に取り組んでいたいと思います。
同じ事を淡々と繰り返していれば生産効率は上がるのかもしれませんが、やはり機械ではないし、僕は飽きっぽいので、飽きっぽいなりに仕事の段取りを考えていく、ということでしょう。
以前は「絶対これは今日中にやらなければいけない」って頑張っていましたけど、今はやる気が湧かない時は、辞めちゃいます。
寝ちゃいます。

-: (笑)。

松浦: 寝るの大好きなんですよ。
春は10時間以上寝ていたんじゃないですかね。

-: あ、一緒ですね。僕もいくらでも寝られます。

松浦: 寝るの・・・いいですよね。



60、70歳になっても・・・

-: 図録、色々ありますね。 道八、古唐津・・・

松浦: そう、ちょこちょこ行っています。

-: 今年の初めは焼き物の展覧会、色々ありましたね。 古染付もありました。

松浦: 見ていて感じたのは、古染付の「外型(そとがた)の良さ」ですかね。
そうそう、古染付の模しやっている人、色々いらっしゃいますけど、あの古染付のよさをうまく突いているのって中尾万作さんかも、って思いました、あれ見ながら。

-: 色々見ながら、エキスを吸収し続けているのですね。

松浦: 勿論です。
まだ30代半ばですし、そもそも60、70歳になっても自分のスタイルをあまり制限せずに色々やっていきたいと思っています。
食べる物だって変わってくる。食べ物が変われば自分自身も変わってくるだろうし。


絵付の面白さ

-: 企画展に向けて、一言お願いします。

松浦: 絵付の面白さを伝えられればいいな、と思います。

-: 「絵付の面白さ」ですか。いいですね。

松浦: 絵付のものは選ぶ楽しさがあると思います。
ゆっくりうつわ選びを楽しんでいただければ、と思います。

-: 有難うございました。 企画展、楽しみにしています。




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