中尾万作さんインタビュー「絵付と俺」



「絵付と俺」

花田では8月恒例の中尾万作展。
精力的に準備を進めてくれている万作さんの工房を訪ね、お話しを伺ってきました。
テーマは「絵付と俺」。
独特のテンポと勢いを見せる絵付は、万作さんの仕事を特徴づける大きな要素となっています。
絵付について、万作さんが思うこと、考えていること、色々と伺ってきました。



一生懸命、考えて・・・描いて・・・考えて・・・

花田: 万さんは(中尾万作さんは周りから”万さん”と呼ばれています)、元々着物の絵付の仕事をしていました。(以下 花田-)

中尾: 18の頃、京都で着物の絵柄を考えてデザインする仕事に弟子入りしたんだ。
古い美術書や着物の図案の本から小紋や更紗などの古典からあらゆるパターンの柄を引っ張ってきて、先生の下で年がら年中考える仕事だった。
1日最低10枚は考えないといけなかったんだけど、正直、最初はそんなに思いつかない。
一生懸命、考えて・・・描いて・・・考えて・・・でも先生に「それじゃあ、ダメ」なんて言われてさ。
最初のうちは、ほとんどダメだった。

-: 10代で着物の文様のデザインを1日10枚ですか・・・

中尾: なので、最初は先生が紙にある程度パターンを書いてくれて「ここに、こういう絵付けで埋めなさい」という風に、大枠で指示をもらっていた。
それを1日中やっているわけ。 弟子が3人で、先生入れて4人が一日中一緒。
先生の机は別だけど、隣にいるから、そんなに文句も言えないしね。
喋れないし、困ったよ(笑)。
2-3年そんなことをしていると、パターンの組み方が何となく分かってきて、自分で色々図柄を考えられるようになる。
で、着物や織物の業者が集まってくる図案の展示会向けの先生の図案の中に、僕らの描いたものも混ぜてくれる。
今から50年前か・・・。

-: 50年前・・・。

中尾: 当時の値段で1枚6,000円から10,000円くらいだったかな。

-: 凄いですね。 1日10枚も描いていたら、それは良い仕事です。

中尾: いやいや、売れればの話だよ(笑)。



静岡伊東へ

-: それで静岡へ。

中尾: 京都で、なんか偏頭痛が出たんだよ。
で「こんな寒いところに、いられるか」って。
「どこか暖かい所へ行きたいな」って自分で考えたのさ。

-: 京都って、万さんにそこまで言われるほど寒いですかね(笑)。

中尾: まあ、飽きてきてもいたし・・・。

-: そういうことですね。

中尾: 仕事辞めて、まず大阪に戻って親に電車賃もらって、伊東の大羊居という呉服メーカーに向かった。
今思えば無謀なんだけど、問い合わせも何もしないで、直接工房へ行って「使ってくれませんか」って。
そうしたら、普段は東京に住んでいる社長がたまたま伊東の工房に来ていた。

-: よかったですね。

中尾: 運が良かったね。
「京都で図案の仕事していました」とかなんとか、そんなこと言って、使い走りで使ってもらうことになった。
そこでは、日展や院展に出展するような先生方がアルバイトで絵を描いていたの。
当時、普段は高く値段つけていても、実は絵では食えていないっていう先生方、結構いたんだよ、中堅層のね・・・。

-: 裏話を有難うございます(笑)。

中尾: そういう院展の先生のところへ描いた絵を取りに行くのが最初の仕事だった。
その内、社長が着物の文様のデザインも頼んできてくれて。

-: それが大羊居さんの着物に使われるのですか。

中尾: そう。

-: 自分の図柄が着物になっていくのは、どんな感じなのですか。

中尾: もとの図柄よりずっと良くなるね。 ビックリするほどだよ。
染め方など、表現にも色々あってね。 ここに金箔貼って、ここに刺繍をして・・・って。
複合的に全体を構築していくから、全く別物。
着物になるまでの工程を見ることができたのは良かった。
先を想像しながらデザインできるから、やりやすくなった。
あと、その工房にある美術書も凄くて、僕らが買えないような貴重な美術本が沢山有るんだよ。

-: それらを片っ端から見ていったのですね。

中尾: 若いと、頑張って学ぼうとしなくても、見たものがドンドン染み込むように入って来る。
今は預金なんか何もないけど、その知識だけが財産だね。
金にならない資産ならいっぱいある(笑)。

-: 沢山の人々の喜びや楽しみを支えてきたじゃないですか。

中尾: そうかね(笑)。



充実の日々

中尾: そこの社長は普段は東京に住んでいて、伊東には週に二回くらい来る。
逆を言えば、あとは来ない。

-: (笑)いいですね。京都の時とは逆ですね。

中尾: そういうこと。
絵の仕事だからスケッチブックを持って「スケッチ行ってきます」って出掛けちゃうの。
スケッチなんて、するわけない(笑)。
で、海の家をやっている友達が出来たので、ボート借りて鯵を釣りに行ったり、秋になると裏山に山芋を取りに行ったり・・・。
同じ工房にも二つくらい年下の地元の奴がいて、地元の遊びを色々と教えてくれた。

-: 社長が来る時のために多少は仕事をしておかないといけませんね。

中尾: やるべきことは決まっていたから、それをシャシャッとやいておいてね。
それが終わっていれば大丈夫。
日本画習ったり、お茶の稽古行ったり・・・。
夜は伊東図書館に行って、本ばかり読んでいた。

-: 今の仕事のまさに土台作りだったのですね。
秦秀雄さんとも知り合うことになる。
秦さんみたいな方に「お前、絵、上手いな」なんて言われれば、自信持てますよね。

中尾: うまいこと、乗せられたんだね(笑)。


-: もうノリノリじゃないですか。
褒められたら。

中尾: うまくヨイショされたんだよ。
「焼き物に向いているねぇ」なんてしみじみと言うんだ・・・。
そういうの上手いんだよ、あの人。
振り返ると「あの人、あんなものを、よく褒めたなあ」って思う。
今思えば、当時は、本当に下手だったから。

-: 技術的なものではなく、秦さんは、万さんの当時の絵に、何か光るものを見たのでしょう。

中尾: 見つけてくれたことには感謝せんとね。

-: 多くの人々が目を向けないそういう若い才能や、キラリと光るものに目が利いたのですね。
この間もご子息の秦笑一さんが言っていたのですが、秀雄さんは「見えちゃう」って言うんです。
モノも人も一緒で、普通の人だと見逃してしまうようなものでも「見てしまう眼」というのがあるらしいのです。
万さんの絵にもなにか光る才能を見たのでしょう。

中尾: 例えば、あの、昔の餅焼き網なんて普通誰も取り上げないよ。

-: 今見ると、相当格好良くてオシャレです。



青山二郎さんに会いに行く

中尾: そうそう、伊東では青山二郎さんにも会えたんだ。
川奈に青山さんが別荘を買った頃で、2回ほど遊びに行った。 印象深い人だった。
青山二郎さんの装丁で「書道藝術」っていう本の全集を持っていたので、重い思いをして、青山さんのところに「サイン下さい」って頼みに行ったんだ。
作家って普通、喜んでサインしてくれるものだと思っていたし。

-: してくれました、青山さん?

中尾: 「本の後ろに、『装丁青山二郎』って書いてあるじゃねえか。
なんでまた名前書かないといけないんだ?」って言われたよ。

-: (笑)

中尾: それで終わり。
でもそれが、全然嫌な感じじゃないんだよ。
横にいた奥さんが「書いてあげなさいよ」なんて言ってくれているんだけど、横向いてもう知らん顔さ。
二階に上げてくれて「これ、西伊豆を書いた泥絵だ」って案内してくれたこともあった。


うつわの絵付

-: 充実の伊東の日々を経て、九谷に。
最初は絵付ばかりだったとお話しされていましたよね。

中尾: 焼き物の勉強っていうと、まずは成型や製法だから、なかなか絵付まで回らないよね。
自分は絵付から入っていたので、少し違ったかもしれない。
筆を持つのには慣れていた。
「味」ってあるじゃないの。
線一本で味があるとかないとか・・・。
ただ、描けば良いわけじゃない。
そういうことは、最初から感覚的に理解できていた気がする。


-: 着物とうつわの絵付で、違いを感じたこともあったのではないでしょうか。

中尾: うーん、何も考えなかったなあ。

-: あ・・・そうですか(笑)。

中尾: ロクロひく人は何人もいて、素地はいくらでもあったから、それに片っ端から描いていったよ。


-: 着物のときに色々考えていた文様を活かすことはありましたか?

中尾: 最初はやってみたけど、合わないんだよね、やっぱり。
うつわは作品にしてしまったらダメなんだよ。
食器じゃなくなってしまう。

-: やってはみたけど、しっくりこなかったわけですね。

中尾: もう、すぐ感じた(笑)。
「これは違うわ」って。
それで、うつわに相応しい文様を考え始めた。



網目について

-: 特に思い入れの強い文様など、何かありますか。

中尾: 特別にはないけど、網目なんかはずっと描いているなあ。


-: 万さんの網目って独特のリズム感です。
描くときの気分は今も昔も変わりませんか。

中尾: 変わらんけど、あまり多くの数をやると嫌になるね。

-: (笑)

中尾: 飽きるもん。 50までだな。 数で言えば。

-: それ以上は段々嫌になってくる。

中尾: 同じ絵をずっと描いていると「腱鞘炎になるんじゃないかな」と思ってしまうよ(笑)。

-: 確かに連続文様は延々とずっと同じ動きですからね。
連続文様には忍耐力も体力も求められそうです。

中尾: 有田には網目なんか、本当に上手に描くおばちゃん達がいるよね。

-: あの人たちはずっと描いているじゃないですか。

中尾: 多分、網目としては俺より上手い。
リズム感とかそういうものとはまた別なんだけど。

-: 万さんが今言う「上手い」と言うのは「お手本と比較して」と言う意味ですか。

中尾: 網目ひとつとっても、色々なパターンがある。
俺の網は途中で切れたりしている。

-: 魚に逃げられてしまいそうですね(笑)。
万さんの網目は、僕らの普段見るものとは違いますよね。
描き順も違いませんか。
万さんのは1回1回、はっきりと切っていく・・・。

中尾: それをつないでいく。

-: リズミカルでテンポも良いですね。



結局大事なのは・・・

-: 万さんがうつわの絵付をしていて、大事にしていることは何ですか。

中尾: 素地だな。
例えば、素焼きの温度は普通より少し低い。
高い温度で焼き締め過ぎると、ゴスが染み込んでいかないんだ。
それと、砂も混ぜて素地に隙間が少しできるようにする。
そうすると、ゴスが素地に染み込んでいって、本焼きのあと、絵付と素地と釉薬がより一体化する。

-: しっかりと染め付けられるように工夫しているわけですね。

中尾: 古伊万里なんかも、本焼きに二昼夜、三昼夜、掛けていた。
だから、ああいう風になると思う。
最近は最低12時間あれば焚けるけど、何か変わってくる。
一見無駄に見える時間がいかに大事かってことだよ。

-: 実は意味があることなのですね。
当時の人が、はっきりとそういった意図を持っていたかは不明ですが。


中尾: 豆腐だって、昔は豆をふやかして、それを絞って、豆腐が作られていた。
今は粉砕した大豆を湯がいて、それを絞る。
不味い味も一緒に出てきてしまう。
それは美味しい豆腐のためではなくて、いっぺんにたくさん作るため。

-: 世の中で量が評価されている時はそうなりますね。
全ての物事がずっとそんな風に進んでいくわけでもないと思いますが、そういう意味では、質の面での価値を評価してくれる人も必要です。


俺、やれば上手だと思うよ

-: 滋賀の松浦コータローさんが「万作さんの仕事が一番、古染付のあの感じを表現していると思う」って言っていました。
模しどうこうではなくて、焼き上がりの感じとか、絵付けの雰囲気とか。
古染付の模しをしている人は沢山いますし、万さんは別に模しをしているわけではありませんが、そういう風に思ったみたいです。

中尾: 俺、古染付の模し・・・やれば上手だと思うよ。

-: 自分で言ってる(笑)。


ベースあってのオリジナル

中尾: 敢えてやらないのさ。

-: 「敢えて」ですね(笑)。

中尾: 模しより、自分のオリジナルを作り上げていくことのほうが、俺にとっては大事だから。

-: 万さんがそうやって「オリジナル」って言えるのも、着物の時に古いものを学びながら築いたベースゆえではないですか。

中尾: あの18からの10~20年・・・、無駄に過ごした時間が活きているんだなって思うね(笑)。
あんな無駄に過ごしてきたのに、何とかなっているのが自分でも不思議だよ(笑)。


プロであるということ

-: 万さんは今でも新しい文様を色々生み出していますよね。

中尾: いつも考えているから。
食事している時も、コーヒー飲んでいる時も、散歩しているときも・・・。
プロってそういうものだと思っている。
そのことだけがずっと頭にあるんだ。
それは、例えば将棋だって一緒だと思う。
自分の仕事以外のことなんて別に知らなくて良いんだよ。
将棋の人は将棋だけで、いいんだ。
恋愛がどうのこうのとかさ・・・。
少なくとも他人が心配することではない。

-: そうやって、のめり込むのは義務感だけじゃ無理ですね。
そういう意味では万さんは、焼き物や絵に出会えた。


良い文様とは・・・

-: 万さんが思う、良いうつわの文様ってどんなものなのでしょうか。

中尾: 無地でもなんでも、良いものはいいね。

-: 文様・・・。

中尾: 良い器っていうのは無地でも、白磁でも、ルリでも、鉄釉でも、なんでもいいんだけどね。
ガラスでも、木工でも、木の葉っぱでも。

-: それはそうです(笑)。

中尾: 楽しければ、良いんだから。
使っている人が楽しければ、それでいいんだよ。
ゴチャゴチャした絵付けが好きな人がいれば、無地が好きな人もいる。


俺の仕事を嫌いな人だっているに決まっている

-: これからも新しい文様、生まれてくるといいですね。

中尾: ほんとはね、全部違う絵にしたい。
その時の気分でパッパッと描いたり、スーッと描いたり。
でも、相手がいるわけだから。
選んでくれる人に合うようなものも作り手としては作っていかなきゃいけない(笑)。
押し付けるわけにはいかないよ。

-: ちょうど良いところで折り合いつけていくしかないですね。
全て使い手に寄り添っているわけでもありません。

中尾: 僕の好きなものを喜んでくれる人がいるのは幸せなこと。
俺の仕事を嫌いな人だっているに決まっている。
そういう人は恐らく個展にも来ないから、俺は目の当たりにしないで済んでいるだけの話で(笑)。


結局白磁。

-: 万さん、3つくらい今まで作ってきたもので、思い入れのあるもの教えていただけますか。

中尾: 定番となっているようなものかな。

-: 定番というと・・・。

中尾: 白磁・・・。

-: (大笑) 絵付の話なのに・・・。

中尾: そっかそっか。
蔦文とか、割付文とか、ああいうのは好きだね。
あと、サビ抜きのしのぎかな。


-: これ、良い皿ですよね。
絵付していないですけど(笑)。

中尾: 結局、こういうのが一番使いやすいんだよ。

-: そういうことですね(笑)。
有難うございました。
個展、宜しくお願いします。

中尾: 今回も色々新作作っているから、よろしく!




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