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作者インタビュー 余宮 隆


手ごたえを感じた二人展

花田: 昨年11月には花岡さんとの二人展、有難うございました。(以下 花田-)

余宮: 花岡さんのものの横で自分の仕事を客観的にみることが出来ましたし、
仕事の質をより上げていきたいなと思いました。シンプルに、もっとしっかりと作るという ことです。使う人にとってストレスないように。見た目はもちろん、強度や重さといった 使いやすさも含みます。

-: もちろん手ごたえも感じられた。

余宮: はい、自分の感性に正直にやっていることについては、間違っていないなと確信を
持つことが出来ました。

-: 自らの感性に誠実で正直なお二人の真剣勝負は、見ごたえがありました。
お二人の仕事の相性も良かったし。もともと今のようなスタイルを目指されていたのですか。

余宮: 焼き物を始めた頃は茶陶に興味があったんです。
元々古唐津が好きでこの世界に入ってきて、独立当初もそういうものを志していましたが、
ぜんぜん出来ない・・・技術的な問題以上に、なんか自分から出てこないんですよ、
ああいうものが。ある日、そういうものが自分の中にないんだなって気付くのですが、
その気付くまでがつらかった。やたらともがいていましたから。
でも、自分に正直になれるものを作ろう、焼けるものを焼こうって割り切ってから
随分楽になりました。自分の仕事が百年後にクラシックになればいいなって思っています。

修行時代に得たもの

-: 修行先である隆太窯での経験も大きかったのではないでしょうか。

余宮: 隆太窯で先生はじめそこの人々が日常のうつわを使っているのを見て、
こういう世界もあるんだなと思いました。それまではクラシックなものや、
人間国宝のものしか知らなかったんですけど、中里さんの世界は衝撃でした。

中里さんから余宮さんが得たもの。それは中里隆という陶芸家の日常を経験、 ということですね。 -: 

余宮: クラシックや人間国宝の一方、当時まだバブルだったこともあって、
雑誌なんかは、料理や食器もキンキラキン(笑)。そういう両極端しか知らなくて、
多分頭でっかちになっていたんですね。
修行先で、野菜の煮物が、こんなに格好良いものなのかってビックリしましたもの。

-: 隆太窯の食卓は大切なことを余宮さんに与えてくれたのですね。

余宮: 20年以上も前の話なのに、初めての晩御飯の風景は今でもはっきり覚えていています。
最初にいきなり思いっきり叱られたんです、食事中のマナーについてね。
元々緊張している上に、怒鳴りつけられたら、もう手が震えて、醤油もうまくつげない・・・(笑)
何がなんだか分からない食事でした。
あれは僕の人生、思い出に残る食事の時間トップ3に間違いなく、食い込んできますね。

-: (笑)いま、笑って話せるって言うことは、余宮さんにとって良い思い出なんですね。

余宮: とにかく、そういうことも含めて隆太窯ではうつわ作りの基礎の基礎を学ばせて
もらえたと思います。

意識する「質感」

-: 余宮さんが、うつわを作るとき大切に考えていることありますか?

余宮: 料理が美味しく食べられる、ってことくらいでしょうか。
で、できるだけ軽くて割れづらくて・・・すみません、正直、あまり色々考えているわけでも
なくて、作るとこうなっちゃうんですよ(笑)。

-: 余宮さん、よく「質感」という言葉を使われますよね。

余宮: 焼き物の表面的な意味での「質感」ではなくて、自分に染み込んでいる感覚みたいな
ものです。その自分の質感には許される範囲があるんです。境界線もあって、
きっちり作るけど、固くなりすぎず、みたいな。或いは、食器として使いやすくなければ
いけない一方で、つち味も保ちたい。色々な要素を、他を損なわないギリギリ手前でとめる。
それは、その自分の「質感」が基準になっているんです。

-: 質感というのはその時どきで変わるものですか。

余宮: 自分の好きな質感って、変わらないものだと思います。持って生まれたもの。
例えば、仕事でも「新しいアイデア出た!」と思って作ると、数年前も同じものを作っていた
っていうことが多いんですよ。で、数年前も同じような失敗していたりする(笑)。
でも数年前より少し良くなっていてね。で、その上手くなっていた部分を少しずつ重ねて
いって仕事にしていくんです。
僕にとって、自分の質感というのは仕事を進める上で基礎になるものです。
質感は本質的には変わらないと思うんですが、ただ最近はその幅を狭めないためにも
物事を簡単に嫌いにならないように気をつけています。
なんでも意識して受け入れようとしています。

-: 例えば?

余宮: 女性の好みですかね(笑)。そして酒、ワイン・・・

自分のスタイル

-: ははは、楽しそうで良いですね。
さて、話し戻りますが、そうやって出来あがったものの中には、思い出深いものも多いのでは
ないでしょうか。

余宮: いくらでもあります。しかも、うちの仕事場見ると分かると思うんですけど、
誰もやっていないようなことばかりやっています。同業者に話しても信じてもらえない
ことも多い。「やってみたけどできないよ」って(笑)。
つまりね、自分だけの仕事のやり方すると、
個性あるものができあがる。他人と同じことしていたら、同じ結果しか出ませんから。
習ったままのかたちを今も続けているのは轆轤と焼き方くらいです。
化粧や釉薬のかけ方なんかもすべて自己流。今の僕の仕事は、色々試してみて、
面白いなと思うものの寄せ集めです。

-: アイデアはどこから?

余宮: 失敗からです。試みのほとんどは失敗するんですが、そこから何かを見付けだす。
あとね、結構脳みそってあてにならなくて、以前にどこかで見たものや誰かに聞いたことが、
自分のアイデアとして出てくるんですよ。それ危険です。
最近は出てきたものをいちいち確認する。

-: 余宮さんの仕事にはスープカップや独特なしのぎなどオリジナリティあふれるものも
多いですが、現在はうつわの一つのスタイルとして確立してしまった。

余宮: 似ている人がいるってことは流行っているってことですから、悪いことじゃない。
それにね、僕にしてみれば誰も真似してくれないほうがつらいし、寂しいですよ(笑)。
みんなが真似してくれて流行ってくれれば、自分に返ってくる。

-: これからどうなっていくんでしょう、余宮さんの陶芸人生。

余宮: 独立した直後はクラフトフェアや全国の陶器市をまわって食っていこうと思っていたん
です。で、師匠に独立の報告に行ったら「東京で個展できるようにならなきゃ、うちにいた
意味ないよ」って言われて、「はい、もちろんです」とか話し合わせて慌てて方向転換。

-: (笑) 有言実行ですね。

余宮: 実は、大変でしたよ。作るものが売れれば楽が出来ると思っていました。
そうしたら、売れれば売れるほどどんどん大変になってくる。楽したいわけじゃないけど、
結局いまだに子どもが独立したら、キャンピングカーで売り歩く夢は持っています・・・いつかね。
今思えば、僕はあまり出来の良い弟子ではなかったと思います。

-: 今では、中里さん「余宮が一番頑張っている」って言っているくらいじゃないですか。

余宮: うれしいです。でも当時は、焼き物やめて料理人になれってまで言われましたよ。

-: それは、良い意味なんじゃないですか。

余宮: だといいですけど。思い出すと、焼き物を褒められたことはほとんどありませんでした
が、料理の評価は高かった。就職先の料理屋を紹介する、まで言われるんですよ。え?
これ本気なのって・・・(笑)

-: だからこそよいうつわができるんですね。

余宮: 料理がうつわに盛られたときの高揚感ってあるんですよね。
それに、料理作ってると、興奮するんですよ。

-: それは天性のものですね。

余宮: 実際、料理と焼き物は頭の使いどころが似ているんです。
冷蔵庫の中にあるもので美味しいものをつくるという発想。
ないところから作り上げていくっていう発想が大好きなんですよね。

-: 構築の過程が楽しい。

余宮: 便利なものはなくても、その中で工夫していくのが楽しい。例えば、もうちょっと
煮込めばいいかたさになるなっていうのは、焼き物を焼いていてももうちょっと粘ると、
もう少し釉薬が良い感じで融けるな、なんていう感覚に近い。
それに大事なところも似ています。料理も焼き物も温度が下がっていくときが大切です。
それに下ごしらえも両方大切。粘土作るときから窯焚きは始まっています。

-: 余宮さんにとって天草とは?

余宮: 天草は生まれ育ったところだし、良い意味で他人に興味がない土地で、ほったらかし
といてくれるんですよ。だから自由に仕事が出来る。付き合いを断っても気まずくならない(笑)。
夏は涼しいし、冬もそんなに寒くない。食べ物も美味しいし。そこそこ都会。不自由ありません。
他の場所に移ることも考えるんだけど、結局天草にいてしまう。

-: 小さい頃から料理好きだったのですか?

余宮: 小学校のときは肥満児でした。学校から帰ってくると、料理屋(余宮さんのご実家は
料理屋さんです)の食材を料理して、食べていました。授業中、献立考えるんですよ。

-: 筋金入りですな。

余宮: したがって、マラソン大会ではいつもビリ。

-: (大笑)。さて、個展宜しくお願いします。

余宮 夏なので、艶やかなものや磁器も作っています。白いもの。夏バージョンの個展です。
僕のうつわで夏が暑苦しくならないように気をつけます。

-: 有難うございました。僕が一方的に質問してしまいましたが、言い残したことありますか?

余宮: 気の利いた格好いいこと言えばいいんでしょうけど・・・
ここ数年、なんにも考えていないんです。あまり自分の仕事を説明したくないんです。
生みの苦しみとか、他人からの評価とか、気にしないようにしています。昔はあとづけで
理屈っぽいことばかり言っていました。自分を表現するのに、理屈が助けてくれるような
気がするときってあるでしょう。でも、理屈はもう卒業。しゃべり過ぎるのは良くないなって、
最近はそう思っています。

-: 有難うございました。



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